現実を生きる力

哲学系記事
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現実と向き合って生きている人には、現実を生きる力が備わっています。

それは実践し、研鑽を積み、考え抜いたからこそ得られる能力です。

磨かれる能力は様々で、その人が置かれている状況によって変わります。

その中でも、私が重要だと思う能力を記事にしました。

今回は、そんな現実を生きる力の話です。

利己的な行動、利他的な行動

人は自分1人で出来る事はたかが知れていて、どんな人でも人生の中で他人の協力が必要になります。

その時、利他的な行動の積み重ねがないと、上手く他人の協力を得られない。

例えば、助けが必要な時だけ近寄ってくる人がいたら、そういう人を心から助けたいと思える人は少ない。

贖罪の意識や強い意志があるか、助けを求めている人に高い価値がないと難しいです。

一方で、普段から嫌な顔せずに協力してくれる人が助けを求めてきたら、大抵の人は自然に協力します。

利他的な行動は、協力関係の基本です。

利他的な行動を積み重ねると、助けた事がない人からも信頼されたりします。

逆に、自分の事ばかり優先する人は…なんか面倒臭そうで近寄り難くなってしまう。

これは人の雰囲気に出るんですよ。

普段からしている行動や考え方が雰囲気に反映されるので、その場しのぎで取り繕う事が出来ない。

「忙しいから」

「自分には関係ないから」

と断るのは簡単ですが、それをせずに他人のために力を使えるから雰囲気に出ます。

人に助けられるのは、人を助ける人…というわけです。

ただ、利他的になると自分勝手な人間も近寄ってきます。

ある程度以上は線を引き、ドライな対応も時には必要です。

あまりにも利他的になり過ぎるのも良くなくて、自分の利益はある程度守らないといけない。

仕事を受けた時、無償でやれば生活出来ないし、ぼったくれば信用を失う。

基本的には利他的で、その中には利己的な部分もある程度は持っていないといけないわけです。

ルールを破るのが悪いのではなく、罰則を受けるのが悪い

これはアウトローの考え方でもあり、一般的には悪とされる事です。

だから、あまり褒められた話ではないです。

ただ、ルールが完璧である事はまずありません。

現実に合っていない場合もあれば、機能していない場合もある。

そして、厳しい現実と向き合うほどボーダーラインを攻める必要が出てきます。

例えば、高速道路の制限速度は100キロまでですが、これを守っていたら成り立たない仕事が多々あります。

150キロを出せば当然ながらスピード違反で、捕まれば罰則を受けます。

しかし、スピードを出さざるを得ないから罰則を受けないように頭を使う。

区間事に許される範囲でスピードを調整したり、監視が緩いエリアで一気に時間を稼いだりするわけです。

ただ、捕まる人と捕まらない人がいます。

もちろん運も関係しますが…実はそこまで左右されません。

大切なのは自己管理とリスクヘッジです。

軍隊の下士官以上の人は、この罰則を回避するスキルを持っている事が多いんですよ。

そうある事を求められるからで、優秀であるほどアウトローに近い性質を持つ人が多いです。

命令は無茶振りも多いので、そうじゃないと出来ない任務がありますからね。

ただ、全ての下士官が出来るわけではなく、下手な奴はトコトン下手です。

それはなぜかと言うと…

下手な人は自分に都合良く考えてしまうんですよ。

例え話として、先のスピード違反の例だと

「まあ、大丈夫だろう」

「いつもやってるけど捕まった事がない」

「みんなやっているから」

など、基本的に考えが浅い。

考える人は、道路情報や警察の情報、監視カメラの情報、覆面パトカーの出現しやすい時間帯、道路交通法の適用範囲などを詳しく調べます。

広く情報を集めて、あくまでも現実に沿って合理的に対策を考える。

無理だと判断したら絶対にやらないし、出来るタイミングを絶対に守る。

これを面倒臭がらずにやれるから捕まらないんですよね。

自己管理とリスクヘッジは奥が深く難しい。

上手くこなせない場合は、しっかりとルールを守る事が重要です。

前向きな姿勢と楽観的

現実を生きるためにはポジティブさが必要です。

ただ、ポジティブさは前向きな姿勢と楽観的という2つの要素に分かれます。

楽観的だと現実と向き合う事には向いていないように見えますが、わりと大切な事です。

現実と向き合う事は疲弊するしストレスも溜まる。

どうあがいたって解決出来ない事もある。

余計なストレスを溜めないためには、楽観的でいる事も必要です。

ただ、常に楽観的でいるわけにはいきません。

確かに、現実から目を反らして何も考えなければ、人はわりとポジティブでいられます。

しかし、それでは厳しい現実に太刀打ち出来ない。

クソな状況はクソのままで解決しない。

人生が向上していかない。

だから、何かに挑む時や問題を解決する時は、目を覚まして現実を直視しないといけません。

現実を直視した時、難しい事、辛い事、厳しい事、やりたくない事などなど…人をネガティブにさせる要素が山ほどあります。

ただ現実を直視するだけなら、どんな人であっても心が折れてしまう。

だから、心が折れないように耐える。

自分の中にある

「投げ出したい」

「逃げ出したい」

「誰かにやって欲しい」

「死にたい」

という気持ちに必死に抗う。

「やれる」「成し遂げる」「やるしかない」と自分を奮い立たせる。

自分1人で抱えきれないなら、誰かの力を借りて抗う。

そうやって現実と戦っていく前向きな姿勢もポジティブさです。

まあ、それがスゲーキツイ。

絶望の渦中にある時ほど真価が問われます。

楽観的になるだけなら、わりと誰でも出来るんですよ。

前向きな姿勢になる事は難しく、現実を直視した時にこれが出来ない人も多いです。

だからこそ現実と向き合ってなお、前向きでいられる人を私はスゲーと思います。

それは人として誇れる強さです。

キツイ現実に向き合っている時ほど結果以外の事がどうでも良くなる。

称賛や慰めよりも、まず解決を必要とする。

この時、前向きな姿勢だと研ぎ澄まされた合理性を発揮する事が出来ます。

だから解決していける。

壁を壊せる人間は、現実に向き合ってなおポジティブでいる努力をするわけです。

それが出来ると強烈に人を惹き付ける魅力になる。

ただ、現実に向き合い続けると疲弊し、いつかは心が折れます。

必要な時以外は楽観的でいる事も重要なんですよ。

今が幸せで問題が無ければ、無理に現実を見る必要はないですからね。

大事なのはバランスです。

人は常に未熟なものです。

現実から目を逸らして天狗になったり、現実を直視し続けて落ち込んだりする。

自分より先に進んでいる人も自分より後にいる人も必ずいるもので、これは誰もが同じで生涯変わることはありません。

大切なのは成長を続ける意志を持つことで、成長を続ける限り未熟さは問題ではないし恥でも無い。

現在進行形でスゲーのはゴールして肘をつく人ではなく、歩き続ける人です。

そして、歩き続ける人は同じく歩き続ける人を認めます。

現実を生きる力はすぐには手に入らない。

しかし、成長を続ければいつかは必ず辿り着くからです。

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