共感する事、共感能力、心を知る事

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少し前に

「共感能力が無いなんて嘘ですよね?」

というメッセージを頂いたんですが…

結論から言うと、現在は非常に低い状態ですね。

ただ、共感する事は出来るんですよ。

そして冷血人間というわけでもなく、しっかりと感情があり、心の成長と共に感情は大きくなり続けています。

多分、「共感能力」について勘違いしているのではないかと思います。

今回は、そんな共感の話です。

共感する

共感とは相手に合わせて同じ感情になる事を言います。

例えば、ペットを亡くして悲しんでいる人がいたら、同じく悲しい気持ちになる。

これが共感です。

自分が経験している事なら楽しい事も辛い事も共感する事が出来ます。

経験から得た、その時の感覚や知見を思い出すからです。

ただ、私は自分が経験していない事は共感する事が出来ません。

エベレストに登頂した時の感動、家族に対する愛情、妻を亡くした時の悲しみ、などなど私が経験した事が無い事は全く共感出来ない。

ただ、そこに対して強い感情がある事は理解出来るから最大限の配慮をしています。

自分の中の経験と推測を合わせる事によって状況を想像し、疑似的に共感する事は出来ますが非常に弱々しい感情でしかありません。

共感は、経験が多くなるほど共感出来る事が増えていきます。

恋愛を経験した時、今まで何とも無かった恋愛ソングの歌詞が心に刺さるようになった事はないでしょうか?

それがまさに、経験によって共感を得た状態ですね。

だから、私は人の心を知るために様々な経験を積もうとしています。

少し話は変わって、人が持つ大きな悪性の一つに「サイコパス性」というものがあります。

この悪性が強いほど感情が希薄になり、共感が出来なくなり、相手の痛みや愛情などの感情が分からなくなります。

単体だと凶悪とは言えない悪性ですが、他の悪性と合わせる事で非常に凶悪になる事があります。

「サイコパス」という言葉に猟奇殺人鬼のイメージがあるのは、この特性から来ています。

イメージが紛らわしいので、私はサイコパス性の事を「心の鎧」と呼んだりもします。

サイコパス性は心が傷ついたり壊れそうになる経験をするほど高くなります。

被虐待児童や兵士のほとんどがサイコパス性が高いという事が分かりやすいですね。

私も一時期はスゲー高かったです。

実はサイコパス性を劇的に下げる方法があって、それは人を好きになる事です。

シンプルに好感を抱く人物がいれば下がるんですが、「推し」を作る事だったり恋愛が最も効果が高いです。

ただ、ナルシシズムやマキャベリアニズムという悪性が高い人は、相手を人ではなく物として見てしまいがちです。

それだとあまり精神に変化はありません。

見た目や収入や名声や肩書きではなく、その人の中身を好きになった時に感情が溢れてサイコパス性が下がっていくわけです。

もし、相手を人として見れない場合は、まず自分の内面を良くしていく事が大事ですね。

なんでしょうね…オッサンが恋愛について語ると死にたくなるんですが、誰か共感出来る人います?笑

共感能力

共感能力とは、厳密に言うと「共感する能力」ではありません。

言うなれば「同調する能力」です。

例えば、ペットを飼った経験が無い人には、ペットを亡くした人の気持ちは分からないはずです。

しかし、共感能力があれば相手と同じように悲しむ事が出来る。

経験を元に共感しているのではなく、相手の感情に反応して同調しているからです。

このように、自分が経験していない事でも共感出来る能力が共感能力というわけです。

で、この共感能力が高過ぎると人の感情に振り回されてしまって生き辛くなる。

そういう人達を「HSP」と言います。

自分がした経験と同種の辛い経験をした人には、私も共感して辛くなる事があります。

HSPの人は、それが誰かれ構わず起きるので相当しんどいだろうなと思います。

逆に、私みたいにASD傾向の強い人達は共感能力が低くなりやすいです。

HSPとASDには共感能力に大きな差があり、これはなぜなのか…

一つは、興味が自分の内に向いているか外に向いているかの違いだと、私は思っています。

人は外向的な要素も内向的な要素も両方持っていて、ASDは内向的な要素が特に強い人達です。

興味が内に向いているから、他人と関わる事よりも努力や探求や創作などに興味を持つ。

一言で言えば「陰キャ」ですね(笑)

自分の世界観が独特になり自我が強くなるから、同調が苦手でコミュ障にもなりやすい。

ただ、興味を持った人にはトコトン興味を持つ人も多いので、必ずしも共感能力が無いわけではないです。

また、奇異特性という、人とは違うものを好む特性も同調を妨げます。

人と同じ事をすると結果が分かってしまって面白くない、または単純に人と違う事がやりたい。

という性質を持っていると、そもそも同調が別に好きではない。

常に人と一緒にいたい、人と同じ事をしたいという人にはちょっと想像しにくいかもしれませんね。

こういう性質が共感能力を妨げているのかなと考えています。

心を知る事

大抵の人は、相手の心をある程度推し測る事が出来ます。

といっても、エスパーみたいに心の中で思った言葉が聞こえているわけではありません。

人は感情の変化を見て心の中を推理しているんですよ。

相手の表情や言葉や態度に混ざる感情を読み取って、様々な情報と合わせて推理をします。

で、当然ながら推理の精度は人によってまちまちです。

感情を読み取って理解する能力である「EQ」、脳のCPUの性能を指す「IQ」の両方が必要になるからです。

この両方のレベルが高い人ほど、人の心の中を知る事が出来るわけです。

ASDあるあるですが、私は元々EQの方が極めて低かったんですよ。

今はアホみたいに膨大な経験則でそれを補っています。

ここまでの話を聞いて、自分の心が知られる事に恐怖を覚えた人もいるかも知れません。

ただ、細かい部分は分からないものです。

例えば、私の知人は誰かに恋愛感情を持っている時はスゲー分かりやすいんですが、それが誰に対してなのかまでは分かりません。

そもそも私の知らない人である可能性もあるし、知っている人だとしてもその人と接している姿を見ないと判断が出来ない。

また、別の友人は怒っているのが分かりやすいですが、それが何に対しての怒りなのかは特定する情報が無ければ分かりません。

情報も無い事を考えたところで憶測にしかならない。

神でもない限りは、人の心を隅々まで知る事は出来ないわけです。

だから、他人に心のプライバシーが筒抜けというわけでもないんですよ。

ハッキリ分かるのは感情の変化だけです。

そして…基本的に感情の変化は相手に知られた方が良いものです。

人がコミュニケーションを取る時は、言葉だけでなく相手の心情も察して対応を決めます。

自分の心情を相手に知られていた方が、円滑なコミュニケーションが取れる場合が多いんですよね。

仕事なんかだと感情の変化を隠せた方が良い時もあるんですが、隠すと胡散臭くもなるんですよ。

ここが私の悩みの種でもあります。

私は幼少期、笑っても泣いても怒鳴られたり殴られたりしていたから、正解が分からなくなって感情をあまり表に出さないようになりました。

他人からすると、感情が読めない相手というのは不気味なものです。

私が素直に自分の気持ちを話しても、感情が表れていないと信用されないんですよね。

だから、人によってはクッソ警戒されてコミュニケーションが取れない時もあるぐらいです。

意識して感情を出すようにはしてるんですが、真剣な時ほど表に出なくなります。

これもある意味コミュ障です。

感情というものは、なるべく素直に伝えた方が良いんですよね。

ちなみに…相手の心を読んで利用してやろうという考えの人は、実は心を知る精度が低いです。

どうしても自分に都合良く考えてしまうし、人の心が単純であると勘違いするからです。

例えば

「相手が前髪を触れば自分に好意がある」

というようなハウツーを盲信する人が一定数いるんですが…

好感だけでなく緊張や警戒、人によっては不機嫌や困惑、あるいは単純に癖で前髪を触る場合があります。

心理は行動に反映される事が多いんですが、人には何千、何万、何億というパターンがあって、似たような傾向が存在するだけで1人1人がわりと違う。

字面で一個一個覚える事に大して意味は無いんですよ。

さらに言うと…嫌な奴は良い奴の考え方が分からないので、基本的に読み違えます。

自分よりも高度な精神性は、基本的に理解出来ないものですからね。

人を害する目的で人の心を知ろうとするぐらいなら、良い人になる努力をした方がよほど生産的なんですが…

心理を読む事に変な幻想を抱いている人は多いです。

どんなに知識を蓄えても、出来ねーもんは出来ねーとだけ言っておきます。

一番の上達方法は、相手の心に寄り添って助けになろうとする事ですからね。

人の心理を理解したりコミュニケーション能力を上げたいなら、人の助けになる事が手っ取り早いわけです。

人の心理の浅い部分なら、わりと誰でも理解が出来る。

しかし、心理の奥深くは善人しか辿り着けない領域なんですよ。

だからこそ、解明がなかなか進まないのかも知れませんね。

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