「雑記」蜘蛛の糸

雑談系記事
スポンサーリンク

前回の記事で各所に死ぬほど気を使わせてしまったみたいなので、休む前にこれだけ投稿します。

多分、1ヶ月くらい休みます。

色々な人に感謝を。

今回は、ここ最近の話です。

悪意の落とし穴

人間は一度ネガティブな方向へドツボにハマると正しく物事を見る事が出来なくなります。

猜疑心に囚われ、他者の何気ない言動を疑い、悪意ばかりを拾ってしまう。

視野狭窄に陥り、世の中や周りの人を穿った目で見てしまいます。

で、私はこれを重々承知しているし、最近は自分が視野狭窄に陥っている事を理解していました。

怖い事に、その上でも周りを穿った目で見てしまう。

自分がおかしな状態にある事が分かっていても、視野が極端に狭くなり、偏った思考になる。

スゲー久しぶりにドツボにハマりました。

強い悪意を連続して受けたり、騙されたりすると、人は悪意を警戒します。

その上でちょっとした不義理やすれ違いが重なると疑心暗鬼になる。

そうなると人の善意すら悪意に見えてくるものです。

頭では根拠の無い邪推だと分かっていても、感情ではそれが真実であると確信してしまう。

妄想性パーソナリティ障害の一歩手前みたいな状態ですね。

私の場合、邪推が半分くらい当たってしまうから余計に質が悪かったです。

一度、悪意の落とし穴に陥ると抜け出すのは困難です。

似たような状況にある人の手助けをしてきた私ですら、自分自身が陥ると自力ではどうにもならない。

この精神状態は本当に怖いなと思います。

友人にも言われた事ですが、私は様々な問題を解決しようとして人の負の側面を直視しすぎる。

だから、負の側面に引きずり込まれる。

深淵を覗けば何とやらです。

今回は突発的に来る様々な問題を並列処理しようとした結果、あまりにも負の側面を見すぎてドツボにハマったわけです。

自己愛性パーソナリティ障害の傾向が強い人に振り回されたのも大きく影響しました。

なら、ドツボにハマらないようにすれば良いのですが…

無理な時は無理だなとも思います。

余裕を持つ事が大事なんですが、そうも言ってられない時もあります。

例えば、幼少期の野良犬みたいに扱われていた頃の私に

「穿った目で世の中を見るな」

「負の感情を抱え込み過ぎるな」

と言っても絶対に無理です。

現に悪意を受け続けているわけですから。

そういう時、助けになるのはやはり人なんですよね。

死の恐怖

ちょっと頭のおかしい話ですが、私は若干アドレナリン中毒の気があります。

だから、アドレナリンが出る事は大体好きなんですよね。

厳しい環境や危険に近づくほどアドレナリンが出て、頭がクリアになる。

とりわけ死の恐怖はアドレナリンが出ます。

最近、ウクライナの情報を集めていく内に、実際に自分が行く前提で調べながらシミュレートするようになりました。

で、久しぶりに自分の死を身近に感じて死の恐怖を思い出したんですよ。

通常、死の恐怖はそのままだとパニックになります。

怒りと興奮状態で吹き飛ばしてしまうのが楽ですが、少し難しいものの別の方法があります。

恐怖を飲み込んでヘソのあたりに留めるイメージで深呼吸をすると、いい感じで緊張感を保ちながら頭が冴えていきます。

で、その時は生きる事だけに集中して、細かい事がどうでもよくなるんですよね。

スゲー気分が良いその状態が1日~2日続きます。

まあおっかない事に、死の恐怖には取り憑かれるものなんですよ。

爽快感のある頭のクリアな状態を求めて、より危険を求めるようになる。

私みたいに「最悪死んでも良い」というマインドの人間が陥りやすい症状です。

で、ドツボにハマった後は、アドレナリンの爽快感にハマって、真剣にウクライナ行きを考えるようになりました。

現地で使うための装備を買って、自主訓練を計画して、専門技術のトレーニングの申し込みをする。

実戦経験の無い私は前線では足手まといになる可能性が高いから、衛生兵として参加しようと考えていたので、その方向で準備を進めていました。

そんな中で出したのが前回の記事です。

結果、色々な人から「寝ろ」と言われたので、とりあえずグッスリ寝ました。

ただ、そもそもドツボにハマったままだったので、徐々に猜疑心を思い出してくる。

思い出すとちょっとした不義理やすれ違いにすら、不誠実さや悪意を感じてしまう。

一度でも視野狭窄に陥ると続くもので、猜疑心を振り切るようにサバトンの曲を聞きながら頭をウクライナ情勢で埋めつくしていきました。

ただ、今はちょっと違います。

人の情



今回、めちゃくちゃ早く立ち直ったなと自分でも驚いています。

一度ドツボにハマると人によっては数年、下手をすれば一生続きますからね。

精神状態が少し前と違い過ぎて、若干バツが悪いぐらいです。

なんで、そんなすぐ立ち直ったかというと…

今から黒歴史になりそうな事を言いますが

「自分に向けられる愛情を感じたから」

です。

いい歳したオッサンが何言ってんだと思うでしょうし、これを書いていて私も死にたくなってきました。

ただ、これは書くべきだろうなと思ってスゲー我慢して書いています。

これを読んだ人は、仮に私と会ったとしても決してこの事に触れないで下さい。

最悪、殴ります(笑)

で…元々、悪意を感じやすい中でも人の情を汲み取っていて、少しずつ心がほぐれてはいたんですよね。

それでも、ふとした時に猜疑心が頭をよぎる。

一度は冷静になっても、すぐに疑心暗鬼に囚われる状態です。

ただ、そんな中で自分に向けられている愛情がある事に気が付きました。

一生懸命、自分を助けようとしている感情に触れた。

その瞬間、「スンッ」と心が軽くなって、一気に全ての問題がどうでも良くなったんですよね。

戦場に行く気も人を疑う気も無くなって、なんかしらんけどドツボにハマる前の状態に戻った。

今までが何だったのか分からないくらい、簡単に戻りました。

人の情ってスゲーなと思います。

元来、私は自分への愛情に対して疑り深い質なんですが、この時は心にスッと入ってきてすんなり信じられました。

私にとって地獄から抜け出す蜘蛛の糸になったわけです。

ふわっとした話になってしまっているんですが、この辺の因果や経緯は上手く説明出来ないし、する気も無いです。

まあ、そんなこんなで今はめちゃくちゃニュートラルな状態なんですよね。

散々ネガティブになっておいてなんですが、今は大抵のマイナス事象が「どうでも良い」と思っています。

スゲー救われました、ありがとう。

おかげで、今は快晴の空のように思考が澄み渡っています。

力と自信が溢れてきました。

もう普通に記事が書けそうですが、大きな仕事も控えているので、1ヶ月くらい休んで書きたくなったら書きます。

誰かの情は、時に誰かの精神に大きく影響するものです。

それを伝える言葉なり詩なり歌なり、文化的な物というのは良い物だとつくづく思います。

で、受け取った分は返していかないとな…と思います。

コメント

Copied title and URL