「休む」ための考え方

哲学系記事
スポンサーリンク

真面目な人ほど無理をしてしまうもので、なかなか休めないものです。

しかも、自分を怠け者だと思っている真面目な人も結構いたりします。

責任感の強さを自覚していない事もよくあります。

彼らは休む事が難しい。

無理をしてスゲー頑張っているのに自信にもなりにくい。

今回は、そういった問題に対する話です。

あなたは死ぬほど頑張っている

真面目な人は自分が真面目だと自覚していない事もあるんですよね。

他人はスゲー頑張っているように見えるものだし、自分に足りない部分や出来てない部分は自分でよく分かっている。

真面目だと「頑張りが足りない」と思いやすく、「もっと頑張らないといけない」と考えやすい。

また、目標があると最低限やらなければならない事が見えてくるので、それをやらないといけないと考える。

それを満たしていないと怠けているように感じて、限界まで追い込まないと努力した気にならない。

そうして、休む事が出来なくなってしまうものです。

「怠けてはいけない」

「努力が足りない」

これは頑張る人が自分に対して抱きやすい考え方です。

逆に言えば、こう考える人は十分なほど頑張っています。

目標がある場合、その達成のために必要な条件があります。

達成に必要な事をやるのが努力で、それが不可欠になる。

だから、必要な事があるなら今すぐにでもやれるだけやった方が良いと感じてしまうものです。

ただ、人には頑張れる限界があります。

マッチョになりたくて毎日筋トレをしても、マッチョになる前に体が壊れる。

実際、私がそうでした。

私の場合、週4~6日のペースで筋トレをする方が長く効率良く鍛える事が出来ます。

それが私の頑張れる限界というわけです。

ごく稀に、毎日アホみたいな量の筋トレをしても体を壊さず、ガンガン成長していく人もいます。

しかし、その人と私は違うから比べても仕方ない。

私もやろうと思えば毎日出来るけど、それをやったら体が壊れる。

だから、筋トレをしない日があっても怠けているとは思わないし、それが私のペースだと思っています。

努力と回復のバランスが取れている事が正しい頑張り方で、いつも限界ギリギリまで追い込むのは無理をしている状態です。

で、別に筋トレをしない日に筋トレの事を考えなくても良い。

世の中には面白い事や楽しい事がたくさんあります。

休みを定めて、それらに触れていく事は人生を豊かにする。

人生は目標を達成するだけでなく、今を楽しむ事も重要です。

旅行に行く、映画を観る、運動をする、本を読む、街を散策をする、友人と会う…などなど。

これらは普遍的な楽しみですが、今しか出来ない事もあります。

大抵の人は休みの日に今を楽しむものです。

色々と遊んだ楽しい思い出があるから、人生に色どりを感じられる。

だから、休みってスゲー重要なんですよ。

また、頑張る人ほど休まないと気力が落ちていきます。

やらなければならない事があるのに、やる気が出ない。

やりたい事に対してモチベーションが上がらない。

真面目な人の場合、これは怠惰ではなく疲労のサインです。

そういう時は、余計な事を考えずに怠けた方が良いんですよ。

怠けているうちに気力が戻ってきて、また勝手にやりたくなります。

逆に、無理をし過ぎると脳が「危険な行動だ」と認識してモチベーション自体が無くなってしまう。

無理をし過ぎると、自分が一生懸命に打ち込んでいる事が少しずつ嫌いになってしまうわけです。

自信の無い努力家

努力家は根本的に自信が無い人が多いんですよ。

これは私もそうなんですが、自尊心が少ないから根拠の無い自信が持てず、行動によって自信をつけようとするんですよね。

誤解の無いように言っておくと、自尊心が高い人が怠け者というわけではないです。

そもそもの話、人は最初から怠け者なんですよ。

人生の中で少しずつ頑張る事を覚えていく生き物なんです。

私にも怠け者な部分は普通にあります。

真面目な人ほど自分と向き合うので、スゲー怠け者だった時の自分の印象が強く残っている。

だから、努力していても自分を努力家だと思えない事もあるわけです。

また、行動と自信が必ずしも比例するわけではありません。

自衛隊時代、スゲー真面目な奴とスゲー怠け者がいたんですが、自己認識が全然違いました。

真面目な奴は真剣に訓練するし、スゲー鍛えるけれど、軍人としては今一つ自信にならない。

平和な国の軍隊だから本気の人が少ないし、実戦を経験してないので自分が軍人としては中途半端に思えるから…だそうです。

正直、これには死ぬほど共感します。

一方で、怠け者は訓練では手を抜くし、口先だけで乗り切ろうとするし、自発的に鍛える事をしない。

しかし、駐屯地の外に出ると

「俺は国を守っている自衛官だ」

と胸を張れる。

これは自分に課したハードルの違いなんですよ。

真面目な奴は真剣に戦う事を考えているから、厳しい環境で訓練をして、実際に戦わない限り本当の自信にはならない。

一方で、怠け者は自衛官という身分で満足しているから、どんなに怠惰でも自衛官でいる限り自信になるわけです。

まあ、これはどちらが良いか悪いかという話ではなく、こういう心理になりやすいという話です。

高い目標を掲げている人に自信が無いのは、わりとよくある事なんですよ。

そういう人は、他に細かい目標を立てて一個ずつクリアしていくと自信になりやすいです。

わりと些細な事でも積み重ねると自信になります。

また、他者からの良い評価を素直に受け取る事も重要です。

真面目な人は自分に厳しい意見と向き合いがちです。

しかし、真面目な人は客観的に見て良い評価である事が多いので、厳しい意見はあまり聞かなくても大丈夫です。

私のブログも厳しい話が多いんですが、それは怠け者を想定しているからです。

自分が成し遂げようとしている事に対して怠け者だと上手くいかない事が多いですからね。

別に問題が無ければ人は怠け者で良いと思います。

しかし、真面目な人ほど重く受け止めてしまう。

ちょくちょく言っていますが、これは本当にジレンマです。

長い道程ほどたくさん歩く必要がありますが、休憩も多く必要になるものです。

人は厳しい事を言われると不安になって動くようになる。

だから、怠け者には厳しい意見が必要です。

しかし、真面目な人にはどっちかというと休憩の方が必要なので、優しい意見に耳を傾けるべきなんですよ。

責任と期待

真面目な人は何らかの期待を背負っていて、その為に頑張ろうとしがちです。

それは決して悪い事ではないんですが、責任感が強すぎると重荷になってしまう。

わりと、他者の期待というのは重くないものなんですよ。

例えば、私のブログには感謝から殺意まで様々な意見が寄せられます。

で、私のブログが支えになっている人もいるから、その人達の為にも続けようと思うんですよ。

ただ、無理をしないという事だけ気をつけています。

個人的に発信する内容で人を不幸にしないように気をつけていて、これは自分の責任だと考えています。

しかし、投稿自体は気分で休んだりします。

私のブログを支えにしている人がいるなら、欠かさずに続けなければならない…と感じる人もいるかもしれません。

投稿を休んだら、その人の支えが無くなってしまうという考えですね。

ただ、個人的には人間ってそんなに弱くないと思ってるんですよ。

人は色々な物を自分の支えにしています。

私のブログを支えにしている人も、私のブログだけを支えにしているわけでは無い。

私が休んでも他の何かが支えてくれるんですよ。

だから、私は他者の期待を重く受け止めていないわけです。

で、これは仕事も同じです。

任された仕事を責任を持ってやり遂げる事。

これは自分の価値を積み重ねる為に凄く重要な事です。

ただ、人は病気にもなるし怪我もする、心が疲れる事もあるしトラブルにも巻き込まれる。

人生において不測の事態はつきもので、これを完全に防ぐ事は不可能です。

だから、組織で人が欠ける事は普通によくある事です。

欠けた時の対処が重要で、それは経営側や管理側の責任なんですよね。

「自分が休むと迷惑をかけるし、仕事が回らなくなる」

こう考えてしまう人は多いです。

しかし、よほど替えのきかない役職でない限りは普通に何とかなるし、迷惑をかけた分だけ誰かの助けになるのが集団の過ごし方です。

例えば、自分が受け持つ仕事に行けなくなった場合、自分以外の人間が穴埋めをしたり、管理側の人間が調整をしたり、色々な人が自分のために動いてくれます。

組織とはそういうものです。

だからこそ謝罪と感謝が必要で、その気持ちをきちんと持っていればいい。

普段から組織の為を考えて行動していれば、大した問題ではないんですよね。

「One For All」と「All For One」の精神です。

自分が色々な人や物事に触れているように、他人もまた色々な人や物事に触れています。

自分は他人にとって数ある人の中の1人であって、その期待に応えられなかったとしても大した問題ではありません。

例えば、作者の筆が遅い事で有名な漫画「ハンター×ハンター」。

スゲー人気だし、続編を望む人は多いです。

ただ、続編を望む人達も

「それ以外の漫画は読まない」

なんて人はまずいないです。

他の漫画を読むし、漫画以外の楽しみもある。

人生の数ある楽しみの一つとして「ハンター×ハンター」を読んでいるだけですね。

スゲー人気な人やコンテンツでも、そういうものなんですよ。

だから、誰かの期待に応えようとして無理をする必要はない。

求められて与えるのではなく、自分の意志で与えるのが「One For All」です。

そして、自分が受け取るのも誰かの「One For All」か「All For One」である。

重荷に感じる必要は無いわけです。

だから、疲れを感じたら休めばいいんですよ。

コメント

Copied title and URL